「子供のころに観た怖い映画を思い出す服があります」。
怖くてたまらないけど、気になって仕方がないから、手のスキマからのぞき込むように観た映画。
そんな映画を思い出させるのは、UNDERCOVERが2004年から2006年までの5シーズンに渡って発表された「BUT BEAUTIFUL」シリーズの服たちです。
ファンの間では、通称「BUT期」と呼ばれてもいます
UNDERCOVERの過去のコレクションは、〇〇期という名称で呼ばれることが多いんですよ。
たとえば、東京コレクションで最後に発表した、2002年秋冬シーズンは「魔女期」。
パリコレにデビューしたシーズンの2003年春夏は「SCAB期」。
またアンダーカバー以外でも、ラフ・シモンズのコレクションも。〇〇期という名称で呼ばれていますね。
宗教期、テロ期、などなど。
この〇〇期、で過去のコレクションを呼ぶ現象はどこから来たのか、正直ソースは良くわかりません。
僕がコレクションブランドに興味を持ち出した2000年代中頃には、UNDERCOVERの過去のコレクションは、〇〇期と呼ばれていました。
おそらく、ネット掲示板の2チャンネルが発祥で、その後ヤフーオークションなどでも呼び名が広がったのかな、と考えております。
もし知っている方がいましたら、ぜひコメント欄で教えてください。
UNDERCOVER 2004AW「BUT BEAUTIFUL…」
「BUT BEAUTIFUL…」シリーズの、始まりのシーズン2004年秋冬コレクション。
タイトルは「BUT BEAUTIFUL…」です。まんまですね。
ちなみに「BUT BEAUTIFUL…」というタイトルは、高橋さんが好きなジャズ・シンガー、ニーナ・シモンの曲名からとっています。
ショーは、パリにある劇場「ラ・シガール」で行われました。
そんな2004年秋冬コレクションについて、つぎの3つのキーワードをもとに書きました。
-
ぬいぐるみのような服
-
アン、パティ、ミシェル、3人の女性アーティストからの影響
- 高橋氏のディレクション能力
それでは、こちらのキーワードについて、くわしく書いていきます
ぬいぐるみのような服
まずは1つ目のキーワード「ぬいぐるみのような服」です。
「BUT BEAUTIFUL…」は高橋さんが、ぬいぐるみで遊ぶ長女を見ていて、「ぬいぐるみのような服を作りたい」と思ったことからスタートしました。
ぬいぐるみのような服というと、ふわふわとしたかわいい服を想像しませんか?
たしかに「BUT BEAUTIFUL…」の服の素材自体は、表地と裏地の間に中綿を詰めて、モコモコとした質感になっています。
しかし、ただのかわいい服で終わらせないのが、アンダーカバーの、高橋さんの、すごいところ。
ただかわいいだけの、ぬいぐるみのような服にしないために大事になってくるのが、2つ目のキーワードです。
アン、パティ、ミシェル、3人の女性アーティストからの影響
それでは、2つ目のキーワード、3人の女性クリエイターからの影響について書いていきます。
「BUT BEAUTIFUL…」において、高橋さんは3人の女性クリエイターから影響を受けて、服をデザインしました。
その女性クリエイターというのが、
- フランス人のぬいぐるみ作家、アン・ヴァレリー・デュポン
- NYのパンクミュージシャンであり詩人、パティ・スミス
- ガラクタでアクセサリーを作る、ミシェル・ジャンク
こちらの3人の女性クリエイターですね。
フランス人ぬいぐるみ作家、アン・ヴァレリー・・デュポン
1976年生まれ。ストラスブール大学を卒業した後、1999年よりテキスタイル彫刻家として始動。パリやニューヨークなどで展覧会を開催し、高く評価されている。フランス、ブサンソンを拠点に世界中で活躍中。
アン・ヴァレリー・デュポンは、ぬいぐるみを作るアーティストです。
彼女の作品の特徴はつぎのとおり。
・中綿を入れてモコモコとさせた生地
・手縫いでチクチクと縫い上げたステッチ
・カオス感のある柄使い
これらの特徴を持った、アンが作るぬいぐるみは、独特の見た目をしています。
動物のぬいぐるみも彼女の手にかかれば、顔中にステッチが入り、気味が悪い雰囲気を持っています。
ぬいぐるみだけど、ただかわいいだけのぬいぐるみではなく、不気味な印象を醸し出しているんです。
この彼女の作るぬいぐるみ作品の不気味さが、「BUT BEAUTIFUL…」の服において重要になってきます。
NYのパンクミュージシャンであり詩人、パティ・スミス
そして二人目の女性クリエイターは、パティ・スミスです。
1946年生まれ。愛称は「パンクの女王」。詩人として詩集を3冊発表した後、『Horses』でメジャーデビュー。3枚のアルバムを発表するも、人気絶頂の中で引退。その後、1988年に『Dream of Life』で復活して、現在も精力的に活動中。
パンク女王パティ・スミスと高橋氏の親交は深く、UNDERCOVERのアトリエでパティが弾き語りをしたこともあります。
パティ・スミスについては、こちら↑の記事でくわしく書いております。
ガラクタでアクセサリーを作る、ミシェル・ジャンク
オーストラリア在住のセミクチュール・ファッション・ブランドのクリエイター。大学で宝石学とテキスタイルを学ぶ。
ミシェル・ジャンクは、アルミ缶のタブなどのふつうなら捨ててしまうような材料でアクセサリーを作ります。
アン・ヴァレリー・デュポン、パティ・スミス、ミシェル・ジャンク。
高橋さんは、この3人の女性クリエイターの作品の要素を、どういうふうに組み合わせて、洋服をデザインしたのか?
それを解き明かすためには、3つ目のキーワードが重要になってきます。
高橋さんのディレクション能力
3つ目のキーワードは「高橋さんのディレクション能力」です。
「BUT BEAUTIFUL…」のコレクションでは、彼のディレクション能力が遺憾なく発揮されています。
なぜかというと、「BUT BEAUTIFUL…」の服は、アン、パティ、ミシェル、この3人の作品の要素が絶妙なさじ加減で、混ざっているからです。
どういうことかというと、「BUT BEAUTIFUL…」の服は、次の式で表すことができるから。
「BUT BEAUTIFUL…」の服のイメージは、
×
アンの作るぬいぐるみの手作り感
+
ミシェルのガラクタ・アクセサリー
この3つを絶妙なさじ加減で混ぜ合わせているんです。
「BUT BEAUTIFUL…」のショーは、パティが朗読した詩の音声からスタートします。
詩のタイトルは「NEOBOY」です。
朗読された詩は、もともとあった詩を、このショーのためにアレンジしたものです。
パティがミュージシャンとして、デビューする前から行っていた「ポエトリーリーディング」というスタイルでの、詩の朗読です。
パティと高橋さんは、ショーのBGMという面において、コラボを行っています。
しかし本当に重要になってくるのは、「BUT BEAUTIFUL…」のアイテムのベースが、70年代にパティ・スミスが着ていた服という点です。
コレクションには、チェックのベストやオーバーサイズのジャケットを着て、深く帽子をかぶったルックが多く登場します。
これらのアイテムは、70年代にパティ・スミスが実際に身に付けていたアイテムです。
そんなパティ・スミスっぽいアイテムに、先程ご紹介したアンのぬいぐるみのディテールをかけ合わせているんです。
そんなパティの身に付けていたアイテムに、
・中綿を入れてモコモコとさせた生地
・手縫いでチクチクと縫い上げたステッチ
・カオス感のある柄使い
などの、アン・ヴァレリー・デュポンが作るぬいぐるみのディテールの特徴を加えています。
テーラードジャケットやブルゾンには、中綿が詰められて、ボリュームのある独特の風合いを生み出しています。
またあえてラフにしたパターンメイキングで、服がいびつなラインを描いて左右非対称の印象になっています。
ベストのポケットは、裏地に使われた柄の生地が飛び出しています。
コレクションの10番目と46番目と47番目にモデルが被っている鳥のマスクは、このショーの為にアンが作ったものです。
そんな、パティ×アンのぬいぐるみのような服に、ミシェル・ジャンクのゴチャゴチャとしたガラクタアクセサリーを加えています。
そうすることで、ルック一体一体が、カオス状態になっています
普通なら、ひとつひとつの要素がぶつかり合って、まとまらないでしょう。まとめきれないでしょう。
しかし高橋さんは、アン、パティ、ミシェル、年代も国籍もバラバラな、3人の女性アーティストの作品を、UNDERCOVERという「高橋さんの脳内世界」で見事にまとめ上げています。
しかも発表された服はタグを外したとしても、「ああ、UNDERCOVERの服だな」とわかる。そんなデザインに仕上がっています。
三人のアーティストの作品を、ひとつのコレクションにまとめ上げ、最終的に出来上がった服たちはUNDERCOVERっぽいものになっている。
その恐ろしいほどのディレクション能力の高さには、驚きを隠せません。
天才にしか、たどり着けない領域です
でも「BUT BEAUTIFUL…」の服は、なぜここまでにまとまっているのか?
その理由は、このシーズンの服たちは、リアルクローズの範囲内でデザインの試行錯誤を行なっているからだと考えます。
「BUT BEAUTIFUL…」のアイテムは、左右非対称のデザインを多く発表しています。
しかし左右非対称の要素は、ディテールのみにとどめています。
実際に左右非対称の部分は、カッティングのライン、手縫いのステッチやボタンの位置です。
ディテールは左右非対称ではあるのですが、アイテム自体のシルエットは、左右非対称の印象は強くありません。
またコレクション全体の色味も、チャコールグレイやベージュなどの、ふだん僕たちが見慣れているアースカラーに絞っています
アンのぬいぐるみは、カラフルな花柄などの生地を使っています。
しかし「BUT BEAUTIFUL…」の服においては、ポケットの裏地やパンツの裾の裏などの面積の小さい箇所にとどめています。
このように
- ディテールで左右非対称の印象を作っている。
- 使用する色の数を絞った
という2つデザインテクニックによって、コレクション全体にまとまりを生み出しているのではないでしょうか?
コレクションにはデニムも登場しますが、ヴィンテージデニムのような色落ち加工が施してあり、ぱっと見の印象はベージュの色合いになっています。
このデニムは、68デニムというUNDERCOVERのデニムの中でも、1,2を争う人気なアイテムです。
68デニムという名前の由来は、当時の定価が6,8000円であったことから名付けられました。
その後も68デニムは、膝の糸の色をオレンジやブルーに変えて、何度か復刻販売されています。
ちなみに68デニムには、膝の部分に雷のマークの刺繍が入っています。
これは、パティ・スミスの膝に実際に入っているタトゥーが起源となっています。
この膝に入った雷のマークの刺繍は、UNDERCOVERの2004年秋冬から2009年秋冬までのパンツに採用されていました。
また「BUT BEAUTIFUL…」の服は、UNDERCOVERの歴史を語る上で重要なコレクションとなってきます。
UNDERCOVERの歴代コレクションの中でも 「BUT BEAUTIFUL…」は高橋さんのお気に入りのシーズン
UNDERCOVERの歴代コレクションの中でも 「BUT BEAUTIFUL…」は、高橋さんがとくに気に入っているシーズンです。
雑誌のインタビューなどで、UNDERCOVERの歴代ベストルックを聞かれたときに、毎回このシーズンのルックを選んでいます。
「BUT BEAUTIFUL…」(04-05年秋冬)は、いつ見ても服そのものが面白いコレクションで、いちばん好きな作品のひとつ。
『“QUOTATION” 一冊、アンダーカバー』P15より引用
いつ見ても、服がやっぱりイイ!
『WWD なぜ今「アンダーカバー」なのか?』2007年6月25日号 P7より引用
引用した2つの情報からわかるように、「BUT BEAUTIFUL…」は高橋さんが生み出した数あるコレクションのなかでも、会心の出来のシーズンであることがわかります。
高橋さんが気に入っているシーズンということもあり、その後のコレクションにおいても、「BUT BEAUTIFUL…」っぽいルックは発表されます。
2012年春夏の「オープンストリングス」というコレクションでは、「BUT BEAUTIFUL…」のコレクションルックを、現代的にアップデートした服を発表しています。
2021年春夏の「The SIXTH SENSE」でも、パティ・スミスの70年代の服装を現代的にアップデートしています。
オープンストリングスでは、比較的タイトなシルエットであったのに対して、ザ・シックス・センスでは、オーバーサイズなシルエットになっています。9年の時の経過が感じられますね。
またデザインという表面的な部分のみならず、デザインの方法という根本的な部分でも、「BUT BEAUTIFUL…」以後の服に、その影響は見られます。
なぜなら2004年までのUNDERCOVERの服では、ここまで強く他者の作品から影響を受けて、高橋さんが服のデザインを行うことはなかったからです。
しかし「BUT BEAUTIFUL…」以降のコレクションでは、他者の作品をインスピレーションソースとした、服のデザインを行うようになっていきます。
2010年春夏シーズンの「less but better」では、ドイツ人デザイナーのディーター・ラムスがデザインしたプロダクトから影響を受けた、ミニマルな服を発表。
2020年春夏では、シンディ・シャーマンの写真作品を、ジャガード織りのブラックデニムで再現しています。
つまり高橋さんは「BUT BEAUTIFUL…」のコレクションでの経験を堺に、他者の作品をインスピレーションソースに洋服をデザインする、という方法を手に入れたんです。
自分以外のアーティストが洋服を作ったらどうなるのか?と、想像したような服作りを行っています。まるでリスペクトするアーティストを自分に憑依させているかのように。
でもさきほども言ったように、できあがった服はUNDERCOVERっぽいし、高橋さんっぽい。
不思議な現象ですよね。
以上のように、
・高橋さんが、ベストルックに選ぶほどのコレクション
・他者の作品から、洋服を発想する方法を手に入れる
この2つから「BUT BEAUTIFUL…」のコレクションは、UNDERCOVERの歴史を語る上で重要なシーズンであることがわかります。
なぜこんなにも「BUT BEAUTIFUL…」の服に魅了されるのか
僕は、なぜこんなにも自分が「BUT BEAUTIFUL…」の服に魅了されるのか疑問に思いました。
出てきた答えは、「自分の価値観を広げてくれるから」というものでした。
なぜなら「BUT BEAUTIFUL…」の魅力を考えていたときに、思い浮かんだある言葉があるからです。
それは、シェイクスピア作品『マクベス』に出てくる言葉です。
きれいは穢ない、穢いはきれい。
『マクベス』新潮文庫 10Pより引用
きれいなものの背景にはきたないものがあり、きたないものも見方を変えればきれいに見えてきます。
人間にとって美しいものを生み出すためには、環境への大きな負荷がかかっていることもありますよね。
またキレイな物も醜いものも、時代や価値観によって変わりますしね。
アンパンマンから見れば、バイキンマンは悪者ですが、バイキンマンから見ればアンパンマンは悪者ですよね。
「BUT BEAUTIFUL…」は、きれいときたない、この正反対の要素が、一着の服の中に含まれているんです。
かわいいぬいぐるみと、不気味なフォルム。
そんな一見、相反する要素が混ぜ合わさっている不思議な服たちです
ただかわいいだけの服は、世の中にはたくさんありますし、ただ不気味なだけの服もあります。
しかしここまで両極端の要素を見事にミックスしている服は、「BUT BEAUTIFUL…」以外では、なかなか見ることができません。
「BUT BEAUTIFUL…」の服を見ていると、ぼくは可愛いものの象徴であるはずのぬいぐるみが、不気味に怖く感じてきます。
そんな錯覚に陥ってしまうような服たちなんです。
そういった価値観をぐらつかせることができるのも、「BUT BEAUTIFUL…」の服の、魅力のひとつですね。
これはコムデギャルソンが80年代以降に切り開いた、穴の空いたセーターや断ち切りの縫い代などのファッション界においてタブーとされているものを、美しいものに変換した流れと似ています。
高橋さんが川久保玲さんの影響を受けていると言われる理由は、こういった部分にあるのではないでしょうか。
僕は「BUT BEAUTIFUL…」の服は、Tシャツしか持っていません。
いつかお金に余裕ができたら、このシーズンのデザインのテイストが強く出ているジャケットや68デニムを手に入れたいです。
「BUT BEAUTIFUL…」の服が掲載された雑誌
- 『SENSE』 2004年 6 月号
- 『装苑』 2004年 7月号 P19 ~24
- 『HUgE』 2004年10月号 P20~32
- 『FASHION NEWS』 2004年 7月号 P10~15
- 『MEN’S NON-NO』 2004年 8月号 P46~53
「BUT BEAUTIFUL…」の服が掲載された書籍の情報です。
今回の記事を読んで、もっと深くBUT期の服について知りたいと思っていただけたなら、探してみて下さい。
さいごに
今回の記事では、
- アン、パティ、ミシェル、3人の女性クリエイターからの影響
- 高橋氏のディレクション能力
- 女性的な感覚で作ったコンセプチュアルな服
という3つのキーワードをもとに、UNDERCOVERの2005AWコレクション「BUT BEAUTIFUL …」について書きました。
高橋さんは「BUT BEAUTIFUL…」で、3人の女性クリエイターから影響を受けて服を作りました。
この次のシーズンでは、チェコの鬼才シュルレアリストのヤン・シュバンクマイエルへオマージュを捧げた服を作ります・・・。
お時間ございましたら、ぜひ読んでみてください
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