「読み終わったら売りに行くかもしれないから、本はできるだけきれいな状態で読み切ろう」
本を読むときにこんなことを考えて読む方はいませんか?
できるだけ損をしたくないから、読んだあとにもうまく売って少しでも得をしたい。
かくゆう僕も昔はこんなことを考えながら本を読んでいました。
でもそれだと長期的に見ると、結局のところ「もったいない読書」になってしまうんです。
もったいない読書とは?
僕が思う「もったいない読書」って、もったいないのはその本から何も得ることが無かったとき。
読んだあとに自分の行動が変わらなかったとき。
けっしてメルカリやブックオフで高く売れなかったときではありません。
だから読むときもカバーをつけてすり傷ができないようにしたり。
あとできれいにはがせるようにふせんで印をつけたりせず。
ガンガン汚して読んでしまえばいいと思います。
端に折り目をつけたり、線を引いたり、自分が考えたことを余白に書きこんでみたり。
たとえボロボロにして、売れなくなったとしても、その本の中身を自分の中に沁み込ませる。
本から得た知識や経験則を自分の人生で活かしていく。つまり行動に移す。
文章術の本なら、読んだあとにすぐに文章を書いてみる。
人間関係についての本を読んだなら、次に会う人とコミュニケーションを取った時に試してみる。
そうやって本から知識を得て、自分の行動が変わったのなら、十分に元を取れた「お得な読書」になったということでしょう。
まとめ
僕は伊坂幸太郎さんの小説が好きで、よく読みます。
彼の小説の登場人物に「僕の理想とする読書」をしているキャラがいます。
それは「グラスホッパー」に出てくる鯨という殺し屋。
「俺は、世の中で、小説と呼ばれるものは、これしか読んだことがない」
男が口を開けたまま、戸惑っている。
「誇張でも、自慢でも、卑下でもない」鯨は億劫だったが、説明をした。「これしか読んだことがないんだ」
「何度も読んでるんですか?」
「破れて、読めなくなったら、買い替える。こいつは5冊目だ」「グラスホッパー」34Pより引用 伊坂幸太郎 著 角川書店 2004年 7月
彼は生まれてから、ある一冊の小説しか読んだことはありません。
読んだことがあるのは、逆から読むと「唾と蜜」になるタイトルの小説。
彼がいつも持ち歩くその小説は、ブックオフに売りに行ったら買取り不可になるでしょう。
それでも彼はその小説を擦り切れるくらいに読み込んで、自分の血肉としています。
たぶんほとんどのセリフを覚えているのではないでしょうか。
こんな読書がしたい。いつか僕も。
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